はな
児童を性的対象として描くフィクションは、一般的な暴力表現やサスペンス作品とは根本的に異なる性質を持ちます。
性刺激は脳の報酬系(ドーパミン回路)を直接活性化し、「快の学習」「嗜好の固定」「反復による習慣化」を引き起こす特殊な刺激です。
この仕組みは、現実かフィクションかを問わず同じ経路で働きます。
一方、殺人ミステリ・アクション・ホラーなどの暴力系フィクションは、主に恐怖・驚愕・緊張などストレス反応(扁桃体経路)を刺激し、報酬系を介して「模倣衝動」を強化する性質はありません。
したがって、「暴力表現もあるのだから性表現も自由であるべき」という類比は、脳科学的には成立しません。
児童性虐待を扱う性的フィクションでは、
“子どもを性の対象とする認知スクリプト” が報酬と結びついて強化されやすい
という点が最大の問題です。
これが繰り返されることで、嗜好が固定化し、実在児童への接触型加害や画像収集行動に発展するケースが、国際的な調査で繰り返し報告されています。
さらに、AI生成技術によって児童性虐待表現物が大量生産可能となった現在、
① 嗜好の強化に使われる教材が事実上無限に供給される
② 実在児童の写真を素材にするケースが急増し、本人の知らないうちに“被害者化”が起こる
③ 捜査の遅れと証拠の分散により摘発が困難化する
など、制度が追いつかない速度でリスクが拡大しています。
これらの問題は、個人の嗜好や創作の自由とは別次元の領域に位置します。
社会全体に「子どもを性対象化する回路」を拡散させ、現実の被害と加害行動を誘発する構造的危険性があるためです。
国連・各国の専門機関が“非実在”を含めた包括的規制を推奨するのも、この構造的リスクを前提としているからです。
したがって、児童性虐待表現物を“表現の自由”の枠内で議論すること自体が、問題の性質を誤ることになります。
これは表現ではなく、児童を対象化する認知と行動を学習させる装置として扱うべき領域です。
この観点から、私は
実在・非実在・AI生成を問わず、児童を性的対象とするあらゆる表現物の製造・提供・所持の全面禁止
および、それを可能にする法整備の実施を強く求めます。